​己れ立たんと欲して人を立つ

「子貢曰く、如(も)し博く民に施して、而して能く衆を濟(すく)ふ有らば何如(いか)ん。仁と謂ふべきか。子曰く、何ぞ仁を事とせん。必ずや聖か。堯舜も其れ猶(な)ほ諸(これ)を病む。夫れ仁は己を立たんと欲して而して人を立つ。己れ達せんと欲して人を達す。能く近く取て譬(たと)ふ。仁の方(みち)と謂ふべきのみ。」

 

この所は仁と聖とを分けて説かれて、仁より上は聖と説かれたのである。朱子の註などでは、仁と聖の区別がないように言ってあるが、此に仁と聖とを分けてある。

 

子貢が問はるるに、此に人があって、もし博く遍く天下の民に德を施して、それで、多勢の者の難義艱難を能く濟(すく)ふて、天下の一人も苦み悩みて困窮難義をして居る者のないように、悉く濟(すく)ふ者があるならば、如何でありませう。是は仁と云っても宜しくありませうかと尋ねました。

 

其の時孔夫子の言はるるに、其の事が出来て、能く衆を濟(すく)ふて天下に窮民がないというように行き届く事であれば、何ぞ仁どころの訳ではない。仁よりまだ一層上に上って居る所の聖人というべき者であろうかと言はれた。

此の仁と聖とは何處が違ふとなれば、仁は古より四季に配すれば夏に当たっておる。聖は春に当たっておる。夏といふものは、春萬物を生じて、其の生じたる萬物を養うて大きく盛んにする。しかし春が本になっておる。仁の本は孝であるといふに同じて、春は即ち親に事へる所の孝道である。孝は本で、それから仁といふものが生るる。それがためにに學而篇の首に「孝弟也者其仁之本與」といふことを言ってある。孝が本である故に、孝經にも「夫孝は德之本也」とある。德は仁である。其の仁の本は孝である。それが為に、仁と聖とが明らかに分けてある。其の事は禮記の郷飲酒義に「東方は春、春之言為るは蠢なり、萬物産するは聖なり、南方は夏、夏之言為るは假なり、之を養ひ之を長じ之を假(おほいにする)は仁なり」とある。假は大の義。是れ聖は仁の本名の明證である。

 

遍く天下の人に徳を施し、能く缺くる所なく行渉るようにして、天下に困難して居る孤獨の人民の無いというようにする事は、堯舜の如き明君でも、中々行届きかねて苦しんだものである。民を悉く安泰ならしむるといふことは、堯舜も之をごく艱難として憂へて、其處までは届きかねたものである。それは迚(とて)も及ぶべき訳がない。其の聖人より一段下って居る所の仁といふものは、これは誰でも行はるるものであって、誰でも出来るが、聖といふ事は、中々出来ることではない。

 

仁といふものは、己れが立ちたいと思ふ時に、吾れ一人立つといふは不仁であるから、己れが身を立てたいと思へば、他の人も皆立ちたいと思ふでありませうと、考へなければいかぬ。我立ちたいと思へば、人皆な立ちたいと思ふ筈の事である。因て我が力の届く限りは、人を立つるようにする。これが仁である。また己れが立身したいと思ふ時に、立身したいと思ふは、我ばかりではあるまい。他の人も其の心があるに相違ないと、我心を以て規矩として、人の心を謀る。其處で、先づ我身を擱(さしお)いて、先の人の立身するように、此の方で其の人の為に働いてやる。これが仁。

 

「能く近く取て譬ふ」といふは、我が心を以て人を推し測ることである。我身が此の通りに思へば、人も此の通りの事を思ふはずと、人の事を我が心を以て覺って行く。此れを近く取りて譬ふといふ。何事をするにも、我は此事は樂しいと思ふ。然らば人も樂しいと思ふはずである。其處で我心を以て人を測って、人の為に盡してやる。これが仁である。道はこれより他にない。之を行うて行けば仁になる。やはり忠恕である。恕といふは心の如くといふことで、我が心に思ふ如くに人も此の如くであらうと測る。さう思へば人の為に謀って人の為にする。必ず人の為にすれば、人の方でも唯々見ておらぬ。我が為にしてくれる。けれども、我が為にするを謀ってするではない。向うの人が平氣でゐて應じて来ぬでも、我は我だけの事を盡してやるが仁である。古語に「仁以(もっ)て人親(したし)む」とある。仁は親なりといふ註釋もある。

(根本通明 論語講義 雍也第六より)

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